工場作業における「立ち仕事」と「座り仕事」 ― それぞれのメリット・デメリットとは?
工場での仕事と聞いて、多くの人がイメージするのは「立ち仕事」です。製造ラインに並んで、同じ姿勢で作業を繰り返す様子を思い浮かべる方も多いでしょう。実際、日本の製造業では長らく「立って作業をする」ことが標準とされてきました。ところが近年では、効率性や作業者の健康、労働環境の改善といった観点から、「座り仕事」の導入も進んでいます。
この記事では、工場における立ち仕事と座り仕事のメリット・デメリットを整理し、日本と海外の違い、さらに昭和と令和における日本企業の考え方の変化についても掘り下げていきます。
立ち仕事のメリット
- 作業効率が高い
立ち姿勢では体の可動域が広く、左右・前後への移動がしやすいため、部品の取り出しや工具の操作がスムーズに行えます。特に流れ作業では、立ち仕事の方が全体のテンポを乱さずに済みます。 - 作業範囲が広い
座っていると手が届かない範囲にも、立っていればすぐにアクセスできます。広い作業台や複数の設備を扱う場合には立ち仕事が有利です。 - 集中力を維持しやすい
姿勢を固定しすぎない立ち仕事は、体を少しずつ動かすことができるため、眠気や集中力の低下を防ぎやすいといわれます。
立ち仕事のデメリット
- 疲労が蓄積しやすい
長時間立ち続けると、脚のむくみや腰痛、膝の痛みといった身体的な負担が大きくなります。特に加齢とともに疲労の蓄積は顕著になります。 - 休憩をとりにくい
立ち仕事中心のラインでは、休憩時間以外に腰を下ろす機会が少なく、疲労回復のタイミングを逃しがちです。 - 健康リスク
研究によれば、長時間の立ち仕事は静脈瘤や関節障害のリスクを高めるとも指摘されています。
妊婦さんの長時間立ち仕事が与える影響
妊婦さんが長時間立ち仕事を続けると、母体や胎児に以下のような影響があるといわれています。
- むくみや下肢の静脈瘤:妊娠中は血流が滞りやすくなるため、長時間の立ち姿勢で脚に強い負担がかかる。
- 腰痛や骨盤痛の悪化:妊娠で体の重心が変わるため、立ちっぱなしは腰や骨盤に負担をかけやすい。
- 早産や低出生体重児のリスク:研究では、1日4時間以上の立ち仕事が続くとリスクが上昇する可能性が指摘されている。
- 疲労とストレスの増加:立ちっぱなしによる肉体的疲労が精神的ストレスにもつながる。
そのため、多くの国で「妊婦の長時間立ち仕事を避けるようにする」労働基準が定められています。

座り仕事のメリット
- 身体的負担が軽減される
長時間の作業において腰掛けることで脚や腰の疲労を減らし、体力の消耗を防げます。高齢の作業者や女性従業員が多い職場では特に有効です。 - 精密作業に向いている
小さな部品を扱う電子機器の組立や検査作業などは、座って安定した姿勢で行う方が精度が高まります。 - 安全性の向上
座り仕事は余分な動きが少なく、工具の扱いも安定するため、事故やミスを防ぎやすいという面もあります。
座り仕事のデメリット
- 可動域が狭まる
作業範囲が限られ、広い机や複数工程を同時に担当する場合には不向きです。 - 姿勢の固定による健康リスク
長時間座り続けることで血流が滞り、腰痛や肩こりを引き起こしやすくなります。また近年では「座りすぎ」が生活習慣病リスクを高めることも注目されています。 - 集中力の低下
動きが少ないため、眠気が生じやすく作業効率が下がることがあります。
日本の製造業 ― 立ち仕事が基本という文化
日本の工場といえば「立って作業をする」イメージが強いです。特に自動車や電機といった大手メーカーのライン作業では、昭和の高度経済成長期から「立ち仕事=生産性が高い」という考えが定着してきました。
その背景には以下のような要因があります。
- 効率重視の生産スタイル:限られたスペースに多くの作業者を配置し、スピードを重視するため立ち姿勢が有利と考えられた。
- 集団での一体感:全員が立って作業することで「働いている姿勢」に差が出にくく、監督者の目からも管理しやすかった。
- 労働者層の若さ:昭和期は若い労働力が豊富で、体力的に立ち仕事に耐えられる人材が多かった。
こうした文化が長く続いたため、「工場の仕事=立ちっぱなし」というイメージが根付いています。
海外の製造業 ― 座り仕事も柔軟に導入
一方で、欧米やアジアの一部の企業では、日本に比べて座り仕事が積極的に取り入れられています。
- 欧米企業の例
欧州では労働者の人権や健康に配慮する文化が強く、座って作業することを前提にしたライン設計も少なくありません。ドイツの工場では「作業者が楽な姿勢で効率的に作業できること」がレイアウト設計の基本思想に組み込まれており、作業者ごとに高さを調整できる椅子や机が導入されています。 - アジアの新興国の例
台湾や韓国の電子機器工場では、精密な組立作業を座って行うケースが多く見られます。これは製品の品質維持と作業者の集中力確保を優先しているためです。 - アメリカの傾向
アメリカでは「立ち作業と座り作業を組み合わせる」設計が一般的です。ワークステーションにハイチェアを設置し、作業者が立ち座りを自由に切り替えられる環境を整える例も多いです。

日本と海外の違いをまとめると
- 日本:効率・管理のしやすさを優先し、立ち仕事中心
- 欧州:労働者の健康と快適さを優先し、座り仕事も導入
- アメリカ:効率と健康の両立を狙い、立ち座りを自由に選べる仕組みを導入
つまり、海外では「立つか座るか」という二者択一ではなく、柔軟に環境を設計しているのが特徴的です。
昭和時代 ― 立ち仕事が「当たり前」
昭和の日本は「ものづくり大国」として急速に成長していた時代です。大量生産・大量消費の時代背景から、効率性やスピードを最優先にした生産体制が求められていました。
この時代の特徴は以下の通りです。
- 若年層中心の労働力:工場労働者の多くが若者であり、体力的に長時間の立ち仕事に耐えられた。
- 管理のしやすさ:全員が立って作業することで、監督者が遠くからでも作業の進捗や不具合を確認しやすかった。
- 「働いている感」の演出:座って作業していると「怠けている」と見られる風潮もあり、立ち仕事が勤勉さの象徴とされていた。
昭和の企業文化では「立ちっぱなし=頑張っている」という価値観が強く、座り仕事を積極的に導入する発想は乏しかったといえます。
平成を経て令和時代 ― 多様化と健康志向
一方、令和の日本では状況が大きく変わっています。少子高齢化の進行により、工場で働く従業員の年齢層は上昇。さらに働き方改革や健康経営といった考え方が普及し、「立ち仕事一辺倒」からの転換が求められるようになりました。
現代の特徴は以下の通りです。
- 高齢者・女性の労働力活用:座り仕事の導入で身体的負担を軽減し、多様な人材が働きやすい環境を整備。
- 健康被害への配慮:腰痛や膝痛、生活習慣病などのリスクを減らすために、座り仕事や立ち座りを切り替えられる作業台を導入。
- 生産性の新しい定義:「速さ」だけでなく「品質の安定」や「持続可能性」も重視されるようになり、必ずしも立ち仕事が優位ではなくなった。
- 海外企業からの影響:欧米の「人間工学に基づいた作業環境」が日本にも浸透しつつある。
昭和と令和の違いを整理すると
- 昭和:若者中心、効率重視、立ち仕事が当然、座る=怠けているという価値観
- 令和:多様な人材活用、健康・快適性重視、座り仕事や可変式作業台の導入が進む
つまり、昭和では「企業側の効率」を重視した働き方だったのに対し、令和では「従業員の健康と持続可能性」を重視する方向へシフトしているといえます。
今後の展望 ― 立ち仕事と座り仕事の融合へ
日本でもようやく、「立ち仕事か座り仕事か」という二者択一ではなく、両方を組み合わせた柔軟な働き方が模索されています。
- 昇降式デスクや作業台を導入し、立ち座りを自由に切り替える。
- 作業者個人に合わせた作業環境(椅子の高さ調整、フットレスト導入など)を整備する。
- 休憩時間の取り方の見直しで、立ち仕事でも疲労を軽減。
こうした取り組みは、従業員の健康を守るだけでなく、結果的に生産性や品質の安定化にもつながります。
まとめ
工場の仕事における「立ち仕事」と「座り仕事」には、それぞれ明確なメリットとデメリットがあります。
- 立ち仕事は効率性・可動性に優れるが、身体的負担が大きい。
- 座り仕事は負担軽減や精密作業に適しているが、動きが制限される。
- 日本は昭和から長らく立ち仕事中心だったが、令和の時代には健康志向や多様化の観点から座り仕事の導入が進んでいる。
- 海外では既に柔軟な取り組みが主流であり、日本も今後はその方向へ近づいていくと考えられる。
つまり、これからの製造業に求められるのは「立つか座るか」ではなく、「作業者が最も快適かつ効率的に働ける環境を整えること」だといえるでしょう。
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